マルケスのいる風景
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青木冨貴子
その年、夫ピート・ハミルはわたしの誕生日に何か特別のプレゼントを用意している様子だった[…]
そして、その日の午後、垂れ下がった大きな耳をもつ黒い子犬が到着した。犬好きのわたしのために、彼が前から欲しかったラブラドル・リトリバーの子犬を贈ってくれたのである。[…]
当時、わが家にはチェックオフという老犬がいた。チェックオフというのは、ロシアの文豪チェーホフを英語読みにした名前で、ピートの娘の犬だった。[…]
翌朝、子犬を抱いたわたしは彼の名前を考えはじめた。チェーホフに対抗するわけではないが、同じ屋根の下に住む一方� �ロシアの文豪であれば、片方もそれなりの品位と風格を兼ね備えた名前にしたいものである。[…]
わたしはひとりで「ソウセキ、伏せ」とか「オウガイ、お手」などと反復していたが、半年前にキューバで会ったノーベル賞作家、ガルシア・マルケスのニックネームが「ガボ」であることを思い出した。「ガボって、良いと思わない?」
彼のプレゼントとはいえ、わたし名義の犬の名前について、あくまで口を出さないよう努めていた夫が、ついにニヤリとした。
『ガボものがたり―ハミル家の愛犬日記―』
[補遺]この時のマルケス訪問については「ハミル、ピート」の項参照。
青野聰
ぼくはミラーの一作目の「北回帰線」から順を追って読もうとしていた。二十世紀を� �表するこの小説を取りこむ袋が、自我がまだ貧弱なために備わっていなかった。すごさの片鱗にふれたと感じたのは三年ぐらいたってからで、そのまえにジュネを読みふけった。これはミラーを「あんなものは、アンチャンの文学だ」とこきおろした、暗黒舞踏系のダンサー石井満隆の勧めによるものだ。女装して、肌を小麦粉で白くして優雅に踊る彼とのつきあいは、おもえばジュネをよむことからはじまった。彼のなかにジュネが住みついてしまっていたので、ジュネとしゃべることが、すなわち彼としゃべることだった。マルケスの「百年の孤独」は彼の知人のフランス人におしえられた。こうしていても目が真っ青でやぎひげを生やした、すこぶる善良なそのフランス人が、スペイン語で書かれた今世紀最良の小説のひとつなんだ よ、と子供に話すようにして「百年の孤独」の魅力を説明してくれた、パリのアパートの薄暗い一室がおもいだされてきてキーを打つ手がとまる。いくたびもいくたびも転がりこみ、集まってくる文無しと安いワインを飲んで、少ない材料でうまいものをつくって食べ、いい季節になるとばらばらに散っていた歳月を……。
「今までに読んだ本の量は……。」
青山南
ジョン・アーヴィングの日本での『ガープ』タイトル戦争については前に書いたとおりだが、アメリカでも似たようなことがあったのを知った。モノはガブリエル・ガルシア・マルケスの『百年の孤独』。この「百」の処理にかんして、訳者と批評家がけんかしていた。[…]
「こないだマイケル・ウッド教授が『百年の孤独』に言及� ��た文章を書いていた。その内容を云々する気はない。ただ、どうしても気になったことがあるので、それを書く。ウッド教授よ、あなたはなぜ、
"A Hundred Years of Solitude"
と表記するのかね。わたしは、
"One Hundred Years of Solitude"
と記したはずだ。確かに、原題は、
"Cien años de soledad"
であるからして、数字の意味はアイマイである。しかし、この小説の結末を読んだとき、これは"One"であって"a"ではない、とわたしは確信した。ガボ(マルケスの愛称)にも問い合わせてみたが、ガボも、その通り、と言ってましたよ。"one"こそ、自分の考えを体現している、とね。ウッド教授よ、答えなさい!さあ、どうだ」
ウッド教授はこう答えていた。
「悪気はなかったですよ。ただ、わたしはあなたの翻訳であの小説を読んだわけじゃないので、つい、"a"とやっちゃったってことです。ほら、"one"だとなんかおおげさで、いばってるかんじがしますでしょ。だから、もっとカジュアルな"a"を採りました。でも、こんなことを言ってたら、ラバッサさんも御存知のとおり、翻訳なんてできゃしません。あなたはえら� �よ。なにしろ、できないことをやってるんだから」[…]
ある日、偶然、洋書店の棚にウッド教授が書いた『「百年の孤独」論』を見つけた。表紙には、"100 Years of Solitude"と、なんと、数字で表記してあった。
『ピーターとペーターの狭間で』
安部公房
ドナルド・キーンさんから「『百年の孤独』を読んだか」と聞かれ「知らない」と答えると、「とんでもないことだ。これはあなたが読むために書かれたような小説だからぜひ読みなさい」と教えられた。「僕は英語が読めない」と言うと、「冗談じゃないよ、翻訳があるじゃない」。あわてて新潮社に電話して手に入れました。読んで仰天してしまった。これほどの作品を、なぜ知らずにすませてしまったのだろう。もしかするとこれは一世紀に一人、二人というレベルの作家じゃないか。
*
まるで魔術師みたいにギュッと魂をとらえてしまうあの力は解説でつくせる� �のではありません。とにかくマルケスを読む前と読んでからで自分が変ってしまう。一番肝腎なことは、ああ読んでよかった、という思いじゃないか。もし知らずに過したらひどい損をするところだった、見落さないでよかった、という、これこそ世界を広げることだし、そういう力を持っている作家との出会いというのはやはり大変なことです。文学ならではの力というべきかもしれない。
『死に急ぐ鯨たち』
遅ればせながらでちょっと恥ずかしいけれど、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』を最近読んで、非常に驚嘆すると同時に、やはり、今世紀の傑作の一つではないかと思った。あの小説の場合、マルケスは意識してか、意識しなかったか、非常に素朴なスタイルを取っているように見える。しかし、それでいて、書 くということがなぜ作者の中で成り立ったのか、成り立たせているのかという依りどころを失わずに、しかも非常に構造的に、「なぜ読むのか」という問いに対する答えを出していると思う。「昔あるところに」と言ってしまうと、作者が神様になってしまうけれど、あの作品はそうじゃない。年代記風になっているけれど、作者は超越した存在ではなくて、書かれている世界と同じ次元に自分を埋め込んでいる。
『都市への回路』
こういう方法でしかとらえられない世界があるってことね。単におもしろかったり奇をてらったりしているわけじゃないんだ。こういうおもしろさがつかめないような感受性では、現代文学のすぐれた部分をそっくり見逃してしまうことになる。とくにこの『百年の孤独』は、一世紀に何冊かしか� ��ないレベルの作品だからね。
『マイブック』
〔補遺〕安部公房についてのマルケスの文章がある。
来日した折り、辻井喬や大江健三郎らと会合を持ったことに触れ、「安部公房だけが見あたらなかったが、彼は後日、ひとりきりでやってきて私を誘い出し、プライベート・クラブのひっそりとした片隅で話をした。私はそれまでお茶とビスケットだけを取りながらあんなに笑ったことはなかったように思う。」(「アミーゴ健三郎」(田村さと子訳)《新潮》平成7年3月号)
〔参照〕文献抜書帖
アルモドバル、ペドロ
夜、街に出て、ひっきりなしに人にほめられるなんて気持ちわるくてうんざりよ。やれパディなしじゃ『ラ・ルナ』は廃刊になるだろうとか、ヘ� ��ベバ・ブラバンテからこっちスペイン文学ではパディほどのキャラクターは存在しなかった、なんてね。このあいだなんか、マドリードの日刊紙がインテリや文化人と称してる連中に、『ドン・キホーテ』以後スペイン語で書かれた小説のベストテンをあげるようにアンケートしたんだけど、なんとひとり残らずわたしの告白を選んだのよ。なかには『百年の孤独』より上位にわたしの作品をあげる者もいたくらいなの。いったい、あの連中はわたしを何だと思ってるのかしら。
『パディ・ディスプーサ』(杉山晃訳)
アレナス、レイナルド
国家公安局は生贄の羊としてエべルト・パディージャを選んだ。パディージャは公的なコンクールに『オフサイド』という批判的な本をあえて提出したこ とのある、体制にとっては不遜な詩人だった。[…]
一九七一年、パディージャは妻のべルキス・クサ=マレとともに逮捕された。独房に閉じ込められ、脅され殴られて三十日後にその独房からぼろぼろの人間となって出てきた。そのパディージャの話を聞くために、キューバの知識人たちのほとんどがUNEACを通じて国家公安局から招かれた。[…]
国家公安局に拘留されているあいだに革命の美しさを理解し、春をうたう詩をいくつか書いた、と言った。パディージャの話だとそれまでの作品をすべて否定しただけでなく、自分の妻をも含めて反革命的な態度をとっている友人全員の名をおおやけにしてしまったという。パディージャは一人ずつその人物の名を挙げていった。ホセ・ヤネス、ノルべルト・フエンテス、レサ マ=リマ。[…]
パディージャに反革命的と指摘された人物はみんな後悔するかのように胸をたたき目に涙を浮かべながら、パディージャのいるマイクのところに駆けつけ、自分の罪を認
め、自分がつまらない人間、体制に対する裏切り者であることを認めなくてはならなかった。むろん、そのありさまは国家公安局に残らず撮影され、そのフィルムは世界のありとあらゆるインテリ層を巡り、とりわけパディージヤの不当逮捕を非難する手紙に署名した作家たち全員に見せられたのだった。その中には、マリオ・バルガス"リョサ、オクタビオ・パス、フアン・ルルフォ、そして、いまやフィデル・カスト口が抱える最も重要な操り人形の一つとなったあのガルシア=マルケスさえいたのだ。
『夜になるまえに』(安藤哲行訳)
飯島耕一
草原のたてがみいろの黄昏にけり 赤黄男
一九八二年ノーベル文学賞を受賞した中米(ママ)コロンビアの作家、ガルシア・マルケスの小説は、わたしにはちょっと読み難かった。『百年の孤独』も『族長の秋』もはじめのほうを読んだだけで早々になげだしてしまっていた。それがこの間、マルケスがシナリオを書いた映画『エレンディア』の試写を見てまことに面白く、帰ってすぐに『百年の孤独』をみ読み始めると今度はどんどん作品に入って行ける。色彩ゆたかな国の、近代文明のやって来るのが遅かった国の、しかもホラ話なのだ。話が少しずつ、いや大いに大げさなのだ。そこから人間臭とユーモアが奔出するのであった。まだ三分の一ほど残っていて、目下読みつつあると ころなのだが、こういう時、俳句のことに頭を切りかえるのはいささかつらい。
送られて来る句集や俳誌を開いてみるのだが、どれもが息の短い、小手先のきれいごとにしか見えないのだ。
先回は西東三鬼について述べた。と、三鬼と同年代で、三鬼とは互いに意識し合っていた宮澤赤黄男のことを思い出した。
赤黄男の句ならば、ガルシア・マルケスの濃厚な色彩にも拮抗してくれるかも知れない。赤黄男の句には濃い色彩というものがありそうだ。
『俳句の国徘徊記』
〔補遺〕飯島耕一がマルケスについて言及していることは、やはり詩人の平出隆による『光の疑い』で知った。
石原慎太郎
あなたの『けものがれ、俺ら』は、すごい映画になるよ。ガルシア・� ��ルケス原作の『予告された殺人の記録』という映画、あれを思い出したよ。猿と肉食虫、嫌なイメージの小説だよなあ(笑)。あれは撮ったらすごい映画になる。
「文学と発イメージ力」(町田康との対談)
池澤夏樹
この小説が繁茂する木々といった自然物の印象を与える理由もこのプロットの多岐にある。作者の創作の意図はからみあう無数の枝と葉と蔓の間に隠れている。[…]
先程の木のパターンの比喩をもう少し先へ延ばした読者は、『百年の孤独』という邦訳にして千枚ほどの小説は実は発表されざる一万枚の大作の要約であると同時に、百枚からなる高密度の短編のパラフレージングであり、それはまた十枚のあらすじの拡大ではないのかと夢想に至るだろう。あるいはそれは、メ� �キアデスの羊皮紙文書に誘導された夢想かもしれない。
『ブッキッシュな世界像』
ただ話の筋だけをなぞるのはまだ本当に民話的とは言えないかもしれない。大事なのは民話を語る精神の方であり、聞き手の熱意についつい促されてとんでもない話を紡ぎ出してしまう物語の勢いの方である。そういう意味で、二十世紀の文学で民話的手法を徹底して用いて大成功をおさめたのはガルシア=マルケスということになる。
『海図と航海日誌』
ガルシア=マルケスは事件だったんですよ。ぼくにとっては…。ガルシア=マルケスとぶつかったというのは、やっぱりその後の自分にとっては非常に大きな、いまだにすっかりは表面化していない事件でした。
『沖にむかって泳ぐ』
〔参照〕文献抜書帖
井上荒野
若いときには、どうしても筋を追うんですよね。どうなるんだろうと思いながら読んでいて、どうにもならなかったりすると、なんだこれは?つて憤然としたりする。でも、だんだん読んでいくうちに筋じゃないところがおもしろいということがわかってくるんです。フォークナーなんかはそうだと思うし、マルケスなどでも、小さな子供がもし読んでもきっとわからないと思うけど、案外細かな描写なんかは残っていくんじゃないですか。[…]
でもきっと、雨の中にカニがいるとか、牛が川を流れていくとか、そういう感じが残っていくような気がする。それは決して悪いことではないと思う。
*
マルケスの『予告された殺人の記録』は ちょっと衝撃的でした。生活と風土と殺人事件がまったく渾然一体となっていて。えっ、南米ってこうなの?と(笑)。あれは南米という土地自体が持っている独特な何かなんだと思うんですけど、日本の小説でいうと大江健三郎さんの四国とか、中上健次さんの熊野とか思い出したりもしました。
「名作を見る楽しみ、読む喜び」(三木卓との対談)
井上光晴
ドストエフスキーとソルジェニーツェン、或いはフォークナーとヘミングウェイがもし存在しなかったならと考えると、世界文学と読者の関係は見事に照射されてこよう。ロシア、アメリカ文学に限らず、カフカは「虫」に変身しても不屈な精神のありかを証しだててくれたし、カリブ海の沿岸に生まれたマルケスは、愛と死にまつわる飢えに 似た『百年の孤独』を、蝶を食う植物のように花開いてみせた。
『世界名作文学館』
上野千鶴子
タイトルについて説明しておこう。『百年の孤独』は、ガルシア・マルケスの著書からとった。荒唐無稽な英雄物語だが、ここに(メキシコ・編者註)いるとどんなことか起きても不思議はない、と感じられる。『千年の愉楽』は、中上健次の作品のタイトル。うまい名をつけるものだと、一瞬嫉妬した。「千年の」は、非歴史的な無時間を思わせるが、「百年」なら、長い中断のようなものだ。ふと「百年の孤独」から醒めたら、まわりの景色がすっかり変わってしまっていた、というように。またたくうちに変貌していく周囲の景色に、ひとり取り残される英雄の孤独はきっと深いに違いない。「百年」 は、わたしにとって意味がある。
「百年の孤独」
エリクソン、スティーヴ
─あなたの作品をはじめて読んでまず思ったのは、"この作家はフィリップ・K・ディックとラテンアメリカ文学を読んだフォークナーだ"ということだったんですが。
「僕もまさにそういう反応が出てきていいと思うんだが、アメリカではまずそう読んでもらえない。較べられるのはたいてい、J・G・バラードとトマス・ピンチョン。バラードはほとんど読んでいないし、ピンチョンは素晴らしい作家だと思うけれど僕とは全然違う。一番影響を受けているのは、君が言ったようにフォークナー、ディック、ガルシア=マルケス、それにヘンリー・ミラー、エミリー・ブロンテ。ずっと前、漱石の『こころ』とブロンテの� ��嵐が丘』を二晩で読んだのは強烈な体験だった(笑)」
『愛の見切り発車』柴田元幸
大江健三郎
コロンビアのというより、すべてのラテン・アメリカの国ぐにの作家としての、ガブリエル・ガルシア・マルケス。メキシコシティ北縁の住宅地の、高い石造りの壁に囲まれた家に移ったばかりのマルケスを僕は訪ねたが、かれにもまた独自のアイデンティティーを達成した作家の印象があった。憂わしげに疲れたところと、生き生きと活発なところとが表裏一体をなしている点で、このブーツをはいたコロンビア人は、モカシンの大靴をはいたダンツィヒ人と似たところがあった。かれは翌日キューバに発つはずで、キューバ大包囲の時期を描く方法の、その底柢にデフォーの『ペスト年代記』を置くこ� ��を考えついたが、どうだろう?と訊ねた。
この時すでにマルケスは、『族長の秋』を書きあげていたのだろう。かれは小説の語り口の選び方に、複雑な手つづきを集中する作家だが、自分が書きあげたばかりの『族長の秋』の語り口の工夫に、うしろから呼びかけられるように気をとられているふうでもあった。一年おくれて、英訳でこの小説を読んだ僕は、その語り口の確実な達成に、感銘をあたえられた。ラテン・アメリカの社会の、多様な、しかし統一的なものを求めているその総体が、表現者に対して望むところは複雑にちがいない。しかもマルケスは、過剰なほどに個性を輝かせながら、作家としてのアイデンティティーを成就している。それはスペイン風の中庭をへだてて母屋に対する、大工の仕事場のような書斎で、 旧式の大きいタイプライターよりは他はなにも置いていない机の前に坐っていた、ガブリエル・ガルシア・マルケスから、僕が感じとっていたところと、同一のものに思える。
(文中、ダイツィヒ人とはギュンター・グラスを指している)
『表現する者』
[補遺]大江のこの時の訪問についてマルケスも後に次のように記している。
「それまでに彼の名前を耳にしたことはなかった。しかし、自分と非常に似かよった個性の核をもっている人と出会うことができた、まれな神秘的出来事のひとつとして彼の存在を忘れたことはない。」(「アミーゴ健三郎」田村さと子訳,《新潮》平成7年3月号)
コロンビアの作家ガブリエル・ガルシア・マルケスも、長篇『族長の秋』では、やはり層をなす多様� ��意味をはらむ独自の再生を描いていた。ラテン・アメリカの一独裁者が影武者の死を機会に、いったん自分も姿をかくす。かれの名における葬儀は国家規模でおこなわれ、ナイーブに死を悼む者と死体を辱かしめようとする者とがある。死んだ人間としてすべてを隠れ場から見た独裁者は、突然公けの場に帰って、報奨し報復する。そして心底怯えた民衆からそのいきさつは、再生と受けとめられるのである。およそ独裁者たる者に共通の惧れと夢をないまぜてあらわす、この再生の劇は、またラテン・アメリカの情況を典型的に体現しているマルケスの、大きく根柢的な緊張をあらわすものであった。
『小説の方法』
大岡玲
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